だいぶん昔にバツイチになった。子供は遠い異国で暮らしている。幸せに成長している便りだけが来る。僕はもう二度と結婚はしないと思っていた。
 
子どもが大好きな僕は小学校での仕事はとても楽しく、自分に合っていた。
派手ではないが、平凡ながら充実した毎日を過ごしていた。
 
ある日、女友達のマンションのテラスでランチをした。
都内でもかなりの高級マンションだ。
階下のママ友だという、女性も一緒だった。
年は同じ、とても美しく、落ち着いた成熟された女性だという印象だった。
職業は油絵を描いているらしい。
その女性は、二度と結婚はしない、結婚を迫る女性は嫌いと天真らん漫に笑っていた。
 
どちらともなく、連絡を取り合うようになった。
英語が堪能な僕は、英語を教えてあげたりした。
気づいたら毎晩何時間も電話をするようになっていた。
感情豊かな彼女は、夜になると過去の恋愛を思い出し、よく泣いていた。
どれだけなだめても泣き止まない。
僕はいつしか彼女に夢中になっていた。
僕でよければ、抱きしめてあげたいと思うようになった。
 
急いで彼女の家までかけつける。
泣き止むまで、ずっと抱きしめていた。
 
毎週末、休みの日には会うようになった。
運動嫌いな彼女とのデートはいつも彼女の家だった。
彼女の娘と一緒にピクニックにもでかけることもあった。
とても可愛いお嬢さんで、母親に似て絵が上手だった。
前の旦那はお金持ちだったのだろう。
洗練されたアンティーク家具に、手入れの行き届いた観葉植物。
作品の油絵が飾られ、絵にかいたようなお金持ちの部屋だった。
可愛らしい猫もいた。
 
華しゃで小食の彼女の家で出してくれるのは、小さいマカロンに高級カップに注がれた紅茶。
そんなことはどうでもよかった。
僕らは何時間も夢中で会話を続けた。価値観がとても合うと錯覚していた。
彼女は小さなマカロンを何時間もかけて、食べていた。
僕の前では緊張して、食事が喉を通らないと言っていた。
そんな姿でさえ、愛おしいと思った。
会話に疲れると、僕らは何時間も抱きしめあった。
 
彼女に会う前は、2日分の食事を大量に食べてから出かける。
実は大食いだなんて、カッコ悪い姿は見られたくない。
部活を担当している僕は毎日スポーツウェアが仕事着だったが、彼女と会う日は
整えられたワイシャツにジャケットを着て出かけた。
 
彼女はいつも尋ねる「お腹すいてる?」
僕は「すいてない。減量中だから。あまり食べたくないんだ」
彼女は、オシャレなサラダをいつも作ってくれた。
料理は出来ないので、シャンパンにお惣菜も出してくれた。
週末は泊りがけになった。
日曜日が終わるころには、空腹で死にそうだった。
そんなことはどうでも良かった。
彼女と恋をしている毎日が本当に幸せだったから。
 
この恋はすぐに終わりを迎えるだろう。
それもわかっていた。
僕には胃袋を掴まれている美しい同棲中の彼女がいたから。
今夜も彼女の手料理を楽しみに、お腹を空かせた僕はダッシュで自宅に帰る。

ペンネーム Nana

#偽りの恋” に対して1件のコメントがあります。

  1. 匿名 より:

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